
返信が少し遅いだけで、頭の中が相手のことでいっぱいになる。
そんな夜を過ごしていませんか。
あるいは、隣にいる人が誰かへのめり込んでいくのを、黙って見ている人もいるでしょう。
どちらの気持ちも、私には分かります。
妻の依存を隣で見て、自分の中にも同じ心の隙間を見つけた夫だからです。
妻には、証拠に残るだけで6年、最後は妻自身が約10年と認めるまで、裏切られていました。
相手も、ひとりではなかったのです。
でも、ここで書きたいのは妻を責める話ではありません。
同じ満たされなさを抱えていたのは、妻だけではなかったからです。
だからどちらかを責めるのではなく、両側から見た夫として書きます。
- 妻の依存を隣で見て気づいた、恋愛依存の正体
- 妻が誰かにのめり込む姿と、寂しさを外のもので紛らわそうとした失敗
- 離れないという選択が、依存なのか、別のものなのか
恋愛依存という幻想
一般的な解説では、恋愛依存は「見捨てられ不安」や「尽くしすぎ」で語られます。
どれも間違いではないでしょう。
ただ、両側から見てきた私の実感は、もっと単純です。
恋愛依存とは、自分の心の隙間を、相手で満たそうとすることだと思います。
その隙間というのは、孤独や物足りなさのことです。
その満たされなさがうずくから、誰かを重ねて、つらさを一時的にごまかそうとします。
相手を愛しているようで、本当に見ているのは自分のほうなんです。
だから相手が離れかけると不安が戻り、必死にしがみついてしまいます。
言ってしまえば、恋愛のかたちをした幻想です。
愛と似ているのに向きが逆で、そこがいちばんたちが悪いと思います。
愛は相手の幸せを願いますが、依存は自分の苦しさが消えることしか願えません。
同じ「好き」でも、根っこがまるで違うのです。
✎病名ではない言葉
この記事で使う「恋愛依存」は、私が自分と妻を理解するために使っている言葉です。
医学的な診断名ではありませんし、あなたや誰かを病気だと決めつけるものでもありません。
離婚のあとにある孤独と誓い
かっこ悪い話ですが、まず、私自身の話をさせてください。
18歳のとき、妊娠した彼女と駆け落ちして結婚しました。
そのときの所持金は、なんと1万5千円だけだったのです。
若くて無鉄砲でしたが、必死に働きました。
ところが24歳のとき、前妻がある集まりにのめり込み、私たちは離婚することになったのです。
二人の子は、前妻が連れていきました。
この傷を、私は後の人生でずっと引きずることになります。
離婚のあと、やけになって遊びました。
それでも、何をしても気は晴れません。
嫌なことを忘れたくて、県外へ移住もしました。
でも新しい土地に友達も知り合いもいなくて、孤独は逆に増えていきます。
いま思えば、あれも自分の空白を外のものでしのごうとしていたのでしょう。
満たしたい隙間は、自分の中にあると分かったのは、ずっと後のことでした。
このころの私は、恋愛依存の入り口に立っていた気がします。
やがて「次に結婚したら、二度と子どもを片親にしない」と誓いました。
この誓いが正しかったのかは、今も分かりません。
ただ、この誓いだけは、苦しさから逃げるためのものではなかったと思います。
私の場合、入り口は劇的なものではありませんでした。
離婚後の荒れた気持ちと、移住した先の孤独です。
苦しさの出口を自分の外に探し始めたときが、入り口だったのだと思います。
終わらない欲望に理性が消える
27歳で今の妻と出会い、28歳で結婚しました。
34歳のときには、娘も生まれています。
ここまでは、穏やかな時間もありました。
変わりはじめたのは、私が37歳のころです。
妻がある集まりにのめり込みました。
40代のどこかからは、外の男性との関係も始まっています。
40代の終わりには、怪しい投資まで加わりました。
6年続いた会社の上司に、お店の店員、食事を共にした複数の男性もいます。
どれも、あとから分かった事実です。
「妻を悪く言いたいのか」と思われるかもしれません。
でも、あとになって妻は「寂しかった」「相談できなかった」と話しています。
依存の相手が、ある集まりから外の男性、怪しい投資へと増えていったのも事実です。
それなのに、満たされた様子は一度もありませんでした。
いくら手を伸ばしても、また次を探しているのです。
だから私には、求める気持ちの止まらない人の姿に見えました。
妻も自分の寂しさを、外で紛らわそうとしていたのでしょう。
妻の依存先は、ある集まりに、外の男性に、怪しい投資にと増え続けました。
隣で見えていたのは、幸福ではなく、いくら手を尽くしても止まらない求める気持ちです。
「楽しそうなら放っておけばいい」では済まないのだと、そばにいて感じました。
見落としていた10年の日常
ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。
妻の異変に、私は10年間まったく気づけませんでした。
会社をクビになったときも、何か理由があるのだろうと受け止めていたのです。
それどころか、収入のために給料の高い職場へ移ろうと考えていました。
これから就職する娘も、「仕送りをする」と言ってくれたのです。
嫌がらせに怒ってはいても、家族である以上、心配も信頼もしていたからだと思います。
ところが、その数か月後の出来事でした。
50代のある日、位置情報がきっかけで、すべてが表に出たのです。
その日に何があったのかは、GPSで気づいてしまった日の話に書いています。
ここで伝えたいのは、そこから知らされた中身のほうです。
見落としていたものは、想像よりずっと日常の中にあります。
妻は、短いパートをいくつも掛け持ちしていました。
働き者なのだと、私はそう受け止めていたのです。
でも勤める先々で、妻は男性から食事に誘われます。
そして誘われるまま、実際についていっていました。
中には、本気の誘いもあったと聞きます。
勤め先が変わるたび、同じことが繰り返されたのです。
その繰り返しを、私は10年間まるごと知りませんでした。
突きつけられたのは、気づけなかった自分の鈍さです。
それだけでなく、証拠を見た瞬間にすら「間違いであってほしい」と願った弱さもあります。
いま振り返ると、家族というかたちを失いたくなくて、真実より安心を選ぼうとしていたのです。
あれも、依存に近いものだったと思います。
一般に、気づいているのに動けない、相手に合わせて自分を消してしまう関係は、共依存と言われます。
気づけなかった私とは形が違っても、根っこの苦しさは近いのかもしれません。
私は10年間、まったく気づけませんでした。
証拠を前にしても、妻の真剣な顔に心が揺らいで、一度は信じようとしたほどです。
真実より安心を選びたくなる気持ちこそ、私が味わった依存の怖さでした。
好きと依存を分ける境目
「好き」と「依存」は、どこで見分ければいいのでしょうか。
医学の話ではなく、両側から見てきた実感として、違いを表にしてみます。
| 恋愛依存 | 愛 | |
|---|---|---|
| 見ているもの | 自分の苦しさ・不安 | 相手そのもの |
| 相手が離れそうな時 | 見捨てられる恐怖でしがみつく | 寂しいが、相手の意思を尊重できる |
| ひとりの時間 | 耐えられず、満たす相手を探す | 寂しくても、自分を保てる |
| 相手への気持ち | 「いないと生きられない」 | 「いてくれると嬉しい」 |
気になる人は、下のリストを見てみてください。
これは診断ではなく、自分の状態を知るための目安です。
- 相手からの連絡がないと、他のことが手につかない
- 嫌われたくなくて、言いたいことを飲み込んでしまう
- ひとりの時間が、寂しくて怖い
- 相手のためというより、失う不安から動いている
- 相手が誰といるのか、気になって仕方がない
特に最後の嫉妬は、依存の分かりやすいサインだと思います。
相手が誰といるのか気になって仕方がない、そんな状態に心当たりはないでしょうか。
あるなら、嫉妬とは何かを恋愛の中で考えた話も読んでみてください。
!チェックの受け止め方
これは、自分を裁くためのリストではありません。
目安をつけるのは、自分の状態を知って、少し楽になるためです。
もし眠れない・食べられないほど苦しいなら、ひとりで抱えず、公的な相談窓口やカウンセリングを頼ってください。
希望の光をくれた自分との約束
両側から見て、私がたどり着いた答えはひとつでした。
その隙間は、相手では満たせないんです。
妻は、ある集まりでも怪しい投資でも外の男性でも、満たされることはありませんでした。
私の離婚後の遊びも、同じところに行き着いています。
苦しさの出どころが自分の中にある以上、外の何かでは変わりません。
遊んでも気が晴れなかった私は、移住先で誓いを立てました。
先ほどの「二度と子どもを片親にしない」、あの誓いです。
そこからは、毎日仕事に明け暮れました。
満たしてくれる相手を探すのをやめて、自分と生涯守り抜く約束に変えたのです。
遠回りに見えて、たぶんこれが近道でした。
いま苦しい人も、相手を変えようと頑張るより先に、自分の内側を見てみてください。
このような状況で、妻には、妻の言い分がありました。
「話ができなかった」「寂しかった」「相談できなかった」、この言葉自体は、嘘ではないと思います。
ただ、順序は逆なんです。
妻は、娘が嫌がっても髪を触るのをやめませんでした。
私の弁当のご飯にも、嫌がる刻み野菜を乗せ続けます。
やめてと何度頼んでも、聞いてはくれません。
子どもの前で喧嘩したくなくて、私は部屋にこもってしまいます。
つまり沈黙は、原因ではなく結果なのです。
どちらが正しいかを決めたいわけではありません。
お互いが自分の寂しさを相手に埋めさせようとすると、家庭は静かに壊れていく、これだけは、確かだと思います。
私の場合は、満たしてくれる相手を探すのをやめたときから、少しずつ変わりました。
「二度と子どもを片親にしない」という、自分との約束に変えたのです。
心の隙間を見つめるというのは、たぶんこういう地味なことなのだと思います。
人生を諦めて選んだ小さな希望
ここは、はっきり分けて書かせてください。
発覚のあと、喧嘩をしては踏ん張る日が、何か月も続きました。
怒鳴って、追い出して、離婚する道も、本気で考えたのです。
妹には「お願いだから離婚してほしい」と言われ、娘も心配してくれました。
家族はみんな、離婚を望んでいたのです。
それでも私は、離婚しないと決めました。
ここで、誤解されたくないことがあります。
私が妻と離れないのは、依存でしがみついているからではありません。
怖くて離れられないだけなら、それはただの依存の続きです。
でも、いまの私の選択は、それとは違います。
理由は、愛ではなく使命です。
私が先に死んだとき、娘をひとりにしたくありません。
妻はもう子どもを産めず、娘は妻にとって世界でただひとりの子です。
生きているうちに橋渡しをしておかないと、私の死後、母と娘は絶縁しかねません。
だから私は、妻の隣にいると決めました。
そのかわり、続ける条件を2つだけ出しています。
嘘をつかないことと、言うことをきくことです。
きくといっても、妻が普通の人になれるよう、間違いを正して考え方を伝えるための約束にしています。
妻は、それを守ると言いました。
橋渡しは、言葉だけでなく実際にやっています。
娘は素直な子で、母親の言うことは聞かなくても、私の頼みは聞くからです。
独り立ちした娘には「休みは帰ってこい」「たまにはメッセージを送ってやってくれ」と頼みました。
素直な娘はそのとおりにしてくれて、妻は娘からの連絡ひとつが本当にうれしいようです。
そうやって少しずつ、母娘の距離を縮めています。
娘には「10年間気づかなかった俺らにも責任がある」と話しました。
妻だけを責めず、自分の非にも目を向けるための言葉です。
本当に同罪という意味ではなく、許すために、自分でそう捉え直しています。
いまの妻への気持ちは、「好き」を過ぎたところにある情です。
自分の選択が正しかったのかは、今も答えが出ません。
それでも、妻は隣にいます。
しがみつく依存と、自分から選ぶ使命は、似ているようで正反対です。
前者は苦しさから逃げるために、相手を離せません。
後者はつらさを引き受けたうえで、自分の意思でそばにいると決めることだと思います。
私は、後者を選んだつもりです。
!逃げと選択の違い
怖くて離れられないなら、それは依存の続きです。
私の場合は、娘をひとりにしないという目的があって、自分の意思で離婚しないと決めました。
同じ「別れない」でも、逃げの結果か選び取った結果かで、意味はまったく変わります。
あなたの選択がどちらなのかは、あなた自身にしか分かりません。
苦しい人と逃げたい人へ
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
もしあなたが、誰かにとらわれて苦しい側なら、どうか自分を責めないでください。
恋愛依存は、心が弱いから起きるのではありません。
満たされない思いがうずくから、起きてしまうだけです。
自分の内側を見つめるのは怖いけれど、そこからしか始まりません。
もしあなたが、いま辛くて、家庭の外の誰かへ逃げようとしている側なら、これだけは伝えさせてください。
その辛さから逃げた先にあるのは、たぶん今よりずっと辛い場所です。
一度壊れたものは、簡単には元に戻りません。
動く前に、本当に大切なものは何かを、もう一度だけ見つめてほしいのです。
裁きたいのではありません。
後悔してほしくないだけなんです。
ここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございました。
私はいまも、自分の選択が正しかったのか分かりません。
それでも、心の隙間は相手では満たせないと、両側から見て確かめました。
人は、自分の弱さを抱えたままでも生きていけます。
あなたの痛みが、少しでも軽くなりますように。
同じ場所で立ち止まったひとりとして、静かに応援しています。




